野辺の送り

 

ある座談会の席で

「今日ほど豊かな時代はないのに

仏教で末法というのはどういう意味ですか」

と質問されたことがありました。

確かに治らなかった病気は治るようになり、

知らなかったことがテレビを通して分かるようになりました。

その意味でいい時代なのかもしれません。


しかし逆に今日ほど自分をごまかせる時代はない

とも言えるのではないでしょうか。

せっかく空しい寂しいと思っても

テレビのスイッチひとつで忘れ、

道を尋ねるということになかなかなりません。

きっと命終えるまで現実を忘れる時代だから

末法というのでしょう。


できれば自分を見つめるためにも、

お寺へ足を運ばれてはいかがでしょうか

ー野辺の送りー花水木
能邨勇樹