一般的に煩悩というと、
「悪い心」「邪な心」というイメージを持ちますが、
実は「善い心」も「正しい心(正義)」も
また煩悩の一種になります。
どちらかといえば「悪」や「邪」は
誰もがわかるので迷いませんが、
「善」や「正」は人間の執着がある分だけ、
かえって迷いやすく間違いやすいのです。
親鸞という人は「小慈小悲もなき」と「小」の字を用いたり、
また「雑毒雑修の善」と「雑・毒」の字をもって
人間の本質を指摘していますが、
今、「善」とか「正(正義)」が横行している中で、
改めて考えてみる時ではないでしょうか。