恋愛

およそ恋ほど、文学や演劇での題材として

とりあげられてきたものはないでしょう。

とりわけ人びとは、悲恋の物語に共感し、

どれほど涙してきたことでありましょうか。

 「今はただ思いたえなんとばかりを 人づてならでいうよしもがな」

『後拾遺和歌集』百人一首に選ばれたこの歌の詠み人、

王朝の歌人・藤原道雅(ふじはらのみちまさ)は、

前の斎宮当子(いつきのみやとうし)内親王に

恋の虜(とりこ)となりました。

しのび逢う恋の歓喜もつかの間、

禁断の恋ゆえに三条院の怒りに触れ、

愛する人への情(おもい)を断ち切ろうとして、

今はただこの一言を直接伝えようにも、

すべはないものかと、ひたすら悩み悲しみます。

 だが、恋慕の思いを断ち切ったのは

当子内親王のほうでありました。

その人は尼になりました。

でも、恋をあきらめることができて

尼僧になったのではないでしょう。

あきらめきれない深い執着の故に、尼僧となって、

互いに恋のしがらみから解き放されようと

願ったのにちがいありません。

恋の激しさ切なさが、伝わってきます。

この話は、そぞろ哀れを感ずるものの、なぜかほっとさせられます。

 若き日に読んだ倉田百三の戯曲『出家とその弟子』の中で、

恋のとらわれ人となって悩む唯円(ゆいえん)が、

親鸞にむかって、「恋は罪の一つでございましょうか

」とたずねたのに対して、 「罪にからまったものだ。

この世では罪をつくらずに恋をすることはできないのだ」

とこたえた親鸞の言葉が脳裏に浮かびます。

 思えば、恋心ほど独占欲が強く、執着の深いものはありません。

ときとして、周囲を傷つけねばおかぬようなものを内に秘めています。

真実に愛すといい、いのちをも惜しまぬという激しい愛も、

その底に憎しみの心をすら宿しています。

ひとたび縁がもよをせば、愛情が転じて憎悪となります。

さまざまな人生の中で人は哀歓の模様を織りなしていくのでしょう。

 
戦後50年、思ってもみなかった、自由な世の中になり、

いつしか恋も奔放で衝動的なものになりつつあるのでしょうか。

 忍ぶ恋という言葉がありますが、

厳しい寒さに耐えて花開くように、

恋によって人生が深く豊かになってほしいものです。

恋は人生の中で生まれますが、

恋が人生のすべてではありません。

 恋はむしろ、失恋に涙するときのほうが、

人生をより深く知る機会を与えられることになりましょう。

不幸を知らないものは不幸です。

悲しみのわかる心こそ、本当に豊かな人間性であります。

悲しみのわかる心こそ人をいたわり、

人を歌う心に通ずるからであります。


能邨英士
産経新聞ー語るー欄<1995(H7)年4月4日掲載>