「何故仏法を聞かなければならないのか」と
子どもの頃よく思っていました。
また、「どうしてあんなに一生懸命仏法を聞いてるの?」
とお参りに来られる人を見ていました。
しかし今思うことは「生まれた以上代わって貰えない
問題があるから」だと感じています。
つまり本人の問題は本人が超えなきゃならない問題があるから
仏法を聞くのではないか、と思うのです。
仏教で言えば「老・病・死」の問題がそれでしょう。
いま長生きになったがゆえの問題があって、
最後までなかなか自分として生き切れないのです。
それをどう超えていくのか大問題です。
そのことがハッキリしなければ、どんな立派な境遇でも
空しく終わってしまう可能性があるように思います。
その意味でこの人生を真に生きるために
仏法を聞くのだと私は思っています。